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Q21 同じ生き物なのに植物は食べても良いのですか?

何故、同じ生き物(命)なのに植物を食べるのかという問題は次のような理由だと思われる。
「人間は何故、人間を殺してはいけないのか」
という問いに答えがある。

1. 死は不可逆的なものである。
2. 多くの場合、死ぬまでに多くの苦痛がある。
3. 将来の希望や、いろんな利益を経験する機会を奪う。

と言うことである。

1は、生命のあるものは大切にしなさいということである。
2は、苦痛を感じる能力があるものは殺してはいけないということである。 人間も動物も快苦を感じる能力があり、苦痛を良い事としない。
3は、自意識もあるものなら、なおさら、殺してはいけないと言うことである。

1は、全ての生物に当てはまる。
2は、脳や中枢神経を持つ生物に当てはまる。
3は、哺乳類の幾種かに当てはまる。

つまり、人間が他者の生命を奪わなければ生きていけないのであれば、苦痛を感じる能力がなく、自意識のない生物を食べることが良い選択となる。その条件で人間が食べれる物という条件を満たすものは、「植物」 と言うことになるのである。

特に2に関していうなら、 人間も動物も苦痛(を受ける事)を良しとしないのであるから、同じ食べるのであれば、苦痛を感じないような生物を食べることが平等な配慮になる。

また、同じ命なのに植物を種差別しているのでは?という、疑問が出てくるが、著書[Animal Liberation] でP・シンガーは「利益に対する平等な配慮」の原理を提唱しており、苦痛を感じる存在者には平等な配慮をすべきだとしている。つまり、苦痛に依拠していることになる。

だから、人間も動物も配慮の対象になるのであり、苦痛を感じる人間が人間であるという理由で、動物を配慮の対象にしないのは、白人が白人であるという理由で、あるいは女性が女性であるという理由で人種差別や女性差別をしたのと同じく「種差別」と言うことになる。 これが本来の「種差別」である。

一方、植物には(脳や脊髄、神経がなく)苦痛を感じる能力がないのである。 したがって、人間や動物と違って、平等な配慮を受ける理由が無いことになる。 だから、植物と動物や人間の間には「種差別」は存在しないことになる。

これは、種差別をせず、身勝手な議論にならないようにするなら、動物の利用自体が正当化できないことを意味することになり、裏を返せば、種差別をし、身勝手な議論においてでしか、動物の利用は出来ないということになる。


提供:KTN

※ 種差別(スピーシーシズム) speciesism
1973年に心理学者のリチャード・ライダーが作った用語。
人間と種が違うことを根拠に、人間に対するのと異なった扱いをすることを正当化する態度を指す。人種差別 (racism) や性差別 (sexism) といった単語と同じやり方で作られているこの言葉には、種による差別が、人種差別や性差別と同様に無意味で根拠がないものであることを明らかにしようとする意図がある。 ピーター・シンガーが『動物の解放』(Animal Liberation) の中でこの言葉を使用したことで、広く知れ渡るようになった。




Q20 人間を食べてはいけないのに、動物なら食べてもよいのですか?
http://dogeat.blog3.fc2.com/blog-entry-65.html

Q22 ベジタリアンは植物を差別しているのでは?
http://dogeat.blog3.fc2.com/blog-entry-67.html



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