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Q4 犬食反対者は、文化相対主義を知らないのでは?

文化相対主義を知らないわけではありません。文化相対主義は“世界の文化の多様性を認定し、各文化のそこに属する文化圏独自の環境と歴史的・社会的状況を土台に理解しなければならない”という見解です。したがって、他文化圏の伝統と固有文化に対しては基本的な礼儀をもたなければならず、どの民族が“優越だとか、劣等だとか”言ってはならないものでしょう。
このような文化相対主義は、少数民族の自立と伝統も尊重しなくてはならないということを認識させ、帝国主義の膨張論理に歯向かってきたという点から意義があることです。
しかし、道徳的観点ではどのような習俗が、果たして現在の時点でも正当であるかについて省察するとき、これ以上、文化相対主義が介入することはできません。無条件に過去から存在してきたり固有の文化だという理由が、今後も持続的に存在しなければならない理由になりえないからです。

女性の生殖器を切り取って縫合し、生涯にわたり、生理時、夫婦生活を持つとき、出産するときに多大な苦痛を受けなければならず、投票権はもちろんなく、あろうことか性暴行を受けても兄から射殺されなければならない、一部のイスラム文化圏の女性に対する差別文化を反対してはいけないことでしょうか?今も、その社会の支配階級である男性たちは、それが彼ら固有の文化だと、文化相対主義を、女性たちを持続的に抑圧する手段として掲げています。
また、そのような論理に洗脳されて、自分たちを差別する文化が固有の文化であるから受け入れなければならないと、自ら信じているムスリムの女性たちも多いことでしょう。
それはまるで、我が国で犬の特性を良く知る愛犬家たちでさえ、犬を食べることは固有の文化だから尊重しなければならないという“極端的文化相対主義”論理に洗脳されて、犬食用批判論が、即ち文化侵略の論理であるかのように、民族主義的な反感をさらけだすケースがめずらしくないことと同じ様です。

異なる文化圏からイスラム文化を客観的に見ることができる私たちは、そのイスラム文化のすべてのことを非難するのではなく、その中の極度の性差別文化による、女性たちの苦痛を思い痛むということです。悪習にかこつけて武力進入したり支配しようとしてはなりませんが、自分たちの性差別文化を打破するために努力するムスリムたちとは、連帯することができるということです。もっとも重要なことは、その文化圏の内部から終息しなければならない慣習に対する問題提起を自分がして、共感勢力を広げて行き、戦うことのできる力を養って行くことでしょう。

犬の食用はイスラム地域の一夫多妻制、女性割礼、「名誉殺人」と同じ、過去のある時点から現在まで持続されている一つの慣習であるだけです。それは、持続されるだけの価値がある慣習なのか判断するなら、文化相対主義ではない、他の基準を探さなければなりません。

我が国の下人制度、一夫多妻制、戸主制、そして英国のキツネ狩 等、これらはすべて文化相対主義の論理で容認される事案ではなく、すでに禁止になりました。


出所:KARA 動物保護ムック<息吹>創刊号(抜粋)



Q5 そもそも、文化とは何ですか?
http://dogeat.blog3.fc2.com/blog-entry-50.html

Q6 文化・伝統・慣習は守られるべきでは?
http://dogeat.blog3.fc2.com/blog-entry-51.html

Q7 文化よりも大切なものはありますか?
http://dogeat.blog3.fc2.com/blog-entry-52.html


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