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(過去)ソウル市が犬肉合法化推進

* 過去の記事です。

1.
ソウル市、犬を食用家畜に分類する方針示す

* 2008年04月03日 09:07 発信地:ソウル/韓国


【4月3日 AFP】韓国・ソウル(Seoul)市当局は、食用の犬に関する食品安全基準を定めるために、犬を食用家畜に分類する方針だという。市当局者が明らかにした。

 韓国では毎年、約200万-400万頭の犬が食用として消費されているとみられる。一方で、食肉処理・加工に関しては、清潔とはいえない環境で行われており、消費者の「健康」に対する危険性があるという。

 現在、犬は食用家畜には分類されていないため、食肉処理における衛生上の規則はないという。




 ソウル市はこれまで、犬を食用として扱うことについては、あいまいな態度をとってきた。1988年のソウル五輪の際には、国際世論の反発を避けるため、犬肉とヘビ肉を「嫌悪食品」として取り扱いを禁止した。
 
 だが、現在ではこの禁止令もほぼ完全に無視されており、ソウル市だけでも500軒の犬料理店が営業しているとみられている。

 犬を家畜に再分類するという市の方針には、動物愛護団体が街頭デモやインターネットを通じた署名活動を行うなど、強い反発を示した。

 韓国の動物愛護団体「Korea Association for Animal Protection」は「犬を食べることを合法化しようとしているのは、世界中で韓国だけだ」とした上で、「韓国のモットーはグローバリゼーションだが、犬を食べている限りは原始時代に逆戻りしたがっているようなものだ」と強調した。

 また、同団体関係者は、「スーパーマーケットで牛肉やハムの隣に犬肉が陳列されていることを想像するのは恐ろしい。あなたが行ったレストランのメニューに、犬のローストが載っていたら気分が悪いでしょう」と語り、犬が食用家畜に分類された場合は、犬肉の消費量は急激に増大するだろうと語った。(c)AFP


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

2.
【ソウル13日聯合】

ソウル市が、管理の死角となっている犬肉の安全性の点検に乗り出す。
 ソウル市が13日に明らかにしたところによると、市民の食品安全のため今月末から犬肉を取り扱うソウル市内530軒余りの食堂を対象に、蒸し肉やスープに使われている肉を採取し、抗生剤や重金属、有害微生物などが混入していないかどうかを点検することにした。有害成分が含まれている犬肉を扱っていた食堂に対しては、食品衛生法に基づき、店のリストを公開し営業停止などの行政処分を下す方針だ。

 畜産物加工処理法では、対象となる家畜に犬は含まれておらず、市場に流通している犬肉に対する定期的な衛生検査はこれまで行われていなかったが、ソウル市は犬肉を扱っている食堂が一般飲食店許可を受けて営業しているとの判断から、食品衛生法に基づいて点検・取り締まりに乗り出すことにした。ただ、今回の点検では、犬肉の販売行為自体については取り締まりは行わない方針だ。ソウル地域では1984年2月のソウル市の告示により、補身湯と呼ばれる犬肉のスープなど、犬肉の販売行為が禁止されているが、告示自体が死文化している状態であることから、犬肉の安全性の点検だけと行うことにした。

 ソウル市はこれと合わせ、犬の食肉処理や犬肉調理などを法的に規制したり管理できるよう、現行の畜産物加工処理法上の「家畜」に犬を含めるよう求める建議案を来月中に政府に提出する考えだ。

 ソウル市関係者は「今回の点検は犬肉の食用の合法化問題とはまったく関連なく、ただ多くの市民が犬肉を食べている点を考慮し、食品安全性を検査しようというものだ」と説明している。
2008.04.13

結果:ソウル市によるこの(事実上の)犬肉合法化方針は、後日、ソウル市によって撤回されました。


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犬食は「文化である」という主張


1988年のソウルオリンピックの開催を前に、海外諸国から犬食を批判されたのを受け、対外イメージの失墜を恐れた韓国政府は、現行法上、犬肉の販売を禁止しました。

よって当時、犬鍋屋は大通りからは姿を消しましたが、実際は裏通りで営業を続けられ、その際に犬鍋であることをカムフラージュするための「四節湯」「栄養湯」などといった、別名が考えられたりもしました。

その後、2001年には、翌年のFIFA 日韓合同ワールドカップを前に、海外諸国による犬食の批判が再び強くなりました。

このとき、フランスのブリジッド・バルドーによる「犬を食べるのは未開人のすること。」「犬を食べる韓国人は野蛮人。」といった侮蔑的発言が国民の自尊心を傷つけ、一気にナショナリズムに火をつけることになります。それは、88年のオリンピック当時とは違い、国の発展と成熟が進んだことによる、国民の自信感から吹き出たものです。

また、同時期、キム・ホンシンという国会議員が中心になって、犬肉合法化を推進する動きがありました。文化相対主義を大々的に掲げた「犬肉不干渉宣言」には、後の韓国大統領ノ・ムヒョンや、ソウル市長オ・セフン(2008年にソウル市で事実上の犬肉合法化の推進を試みる)なども賛同しています。(この動きは、自らが犬肉愛好家であり、衛生的な犬肉を食したいという一部の議員たちの欲求によって進められたと推測されています。)

このプロバガンダは大いに成功し、犬肉を“食べない”大多数の国民までもが、「犬食はわが国の文化だ!」と、犬食を肯定するようになりました。

しかし、この犬肉合法化推進は国内外の強い反発により達成されず、文化だと声高に叫ぶ風潮も、犬肉を普遍的なものにしようというキャンペーンも、そのときだけの一過性なもので終わりました。

2008年3月には、ソウル市長オ・セフンの独断と思われる、ソウル市の事実上の犬肉合法化推進の動きがありましたが、これも国民の強い反発と中央政府の意向により、あえなく撤回されました。

政府関連による犬肉合法化の試みは、このソウル市のもので最後になり、今後行われることはないだろうと予測されています。


補足1: ブリジッドー・バルドーは「我々を野蛮人と侮蔑したフランス人」として、多くの韓国民に嫌悪されている、韓国で最も有名なフランス人です。

補足2: キム・ホンシンは、特に犬食・犬肉を否定する韓国人たちから、「犬肉と言えばキム・ホンシン。」と、国賊的で恥辱的な人物として語られています。


ポシンタンは伝統食物?

既にポシンタンとしてある歴史の中の食文化としての価値が色あせている今、既に国内、動物性食品の生産が余りある時点で、犬肉が持っている補身食物としての価値があるものか、という疑問を提起せざるおえない。

“ポシンタンは伝統食物?”
ファン・スンウォンの文に出てくる貧しい農村の犬肉食用風習は、食用消費が普遍化される以前の十数年前までだとしても、私たちの周辺で普通にみられる現状だった。
しかし、今後は犬肉食習慣が、そのように貧乏で伝統的な庶民たちの食文化にみえなくなり、むしろ時間とお金がありあまる食道楽を楽しんだり、補身のために動物を無差別に殺して食べることと変わりない補身文化になった。

頑なに犬肉が請孔子の時節に祭祀料理だったので、史記、 皇帝內經太素をとりあげて、古代中国の犬肉食文化から、私たちのポシンタンに対する正当性を探したり、 飮食知未方、食料本初、食農本初経、東国歳時記、名医別録などの資料に言及しなくても、私たちの日常の節気区分にも犬肉の歴史は残っている。百姓がポンナルに、「ポンナル遊び」という犬を殺して食べる歳時風俗があるほどなので、その価値を認めるしかない。
ポシンタンは明らかに、私たちの長い歴史の中に一緒にある食品だった。

しかし、このような主張を通して誤解する点は、今日まで、私たちが犬肉を消費する事が“文化的に価値があるのか?”と考えることだ。過去、タンパク質供給が不足な時代に発生する犬肉食習慣が、牛肉や豚肉がありあまる畜産農家が、牛や豚の飼育を放棄している現実の中で、補身のために残忍な堵殺を拒まない今日に、文化的価値があるのか?

私たちが認識しなければならないのは、ポシンタンという過去の歴史が持っている生態学的な理由と価値であり、文化的相対主義という名前で包装される補身文化をうなずくことは違うという点だ。
それからさらに、栄養学的価値が不明であるのなら、私たちが全世界の非難を受けながら、残忍は犬肉の生産と消費を継続する理由がどこにあるか?

[2007-07-16]  만만풍산견종견장より抜粋


犬肉を食べる風習は中国から由来


[犬肉を食べる風習は中国から由来、韓国の伝統民俗は‘不浄である’を考え]

1年で最も暑いといわれる三伏節(ポンナル)には、無くなる気力を補うためにポシンタン(犬鍋)や、サムゲタン(雛鶏のまる煮)を食べなければいけないという習俗(習慣となった風俗)があり、犬と鶏が際限なく犠牲になる。
特に犬肉を好んで食べるために、西欧人たちから「野蛮的」と非難を受けたのは、昨日や今日のことではない。だから、私たちは「愛玩犬と食用犬は異なる。」、或いは「他国の食文化に対してあれこれ言うのは文化的暴力だ。」というふうに抗弁しているが、説得力を失っている。
限りなく捨てられる愛玩犬が、ポシンタンに還元される状況を見せてくれたテレビの告発番組が登場したし、犬肉が補養食品として特別ではないという評価が下されて長くたつからだ。

さらに地球村の一員として共に生きていかなければならなに時代に、独りで「伝統だと」言い張る事が通じない世界になったためである。
それでは、犬肉を食べる習俗が韓国の‘伝統’なのか。・・・それは‘違う’。 
本来、犬肉を食べる習俗は中国にあった。

ホン・ソクモの‘東国歳時記’の三伏を見ると
“史記では秦德公2年に三伏祭祀を行う時、城内4大門で犬をお供えとして殺し、ようやく虫害を防ぐことができた”と述べている。
柳得恭の‘京都雑誌’でもこの記事を引用し“これが三伏の故事であって、現在も風俗でこれを食べる”と述べた。

これを見ると、最初は中国で祭祀の犠牲物として犬が供えられ、それを食べる風習が韓国に伝えられたと思われる。


韓国の伝統民俗では、犬を食べることは‘不浄である’と言って嫌われる。
犬を食べた人はもちろん犬を殺すのを見た人さえも、洞祭や婚礼、及び葬礼などの重要な行事に参加できないのは基本的な常識だった。
特に山参(野生の高麗人参)を採取するために、神聖な山に出入りするシンマニ(山参を採取する人)にとっては、犬肉は第一の禁忌である。

犬がこのように禁忌の対象になったのは、我々の先祖たちは“犬は人間と一番近く、絶対に飼い主を裏切ることのない忠誠で神聖な魂を持っている霊物なので、傷害を加えることは不淨である”と認識した結果である。

今は昔のように食べ物がない時代ではないこと、人間と犬の親密な歴史を見ること、それから今は世界人がともに暮らす時代なので、以前から辺りで食べてきた犬肉ではあるが、今後はそれがどう捉えられるのか、気にするのが良いであろう。

キム・イスク(カンウォン大学 大学院長、民俗学)

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